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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1572号 判決 1974年5月29日

控訴人 若松種夫 外一名

被控訴人 清水輝雄 外一名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、双方において次のとおり主張を補足し、被控訴人らにおいて、甲第一四号証の一、二、第一五、一六号証を提出し、乙第一〇号証の成立を認めると述べ、控訴人らにおいて、乙第一〇号証を提出し、当審証人山寺忠雄の証言を援用し、当審において新たに提出された右甲号各証の成立をいずれも認めると述べたほかは、原判決事実摘示と同じであるから、ここにこれを引用する。(ただし、原判決三枚目表八行目から九行目にかけて「原告らが(一)ないし(二)の物件(以下本件物件という。)」とあるのを「被控訴人清水輝雄が(一)ないし(六)の建物を、被控訴人らが(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地(以下特にことわらない限り(一)ないし(二)の物件を一括して本件物件という。)」と改める。同四枚目裏五行目から六行目にかけて「乙第一号証の成立を否認し、原告清水輝雄名下の印影」とあるのを「乙第一号証の原本の存在は認めるが、その成立を否認する。同号証原本に押されている原告清水輝雄名下の印影」と改め、同七行目の「乙第二号証の一、二」の次に「の原本の存在並びに成立」を加え、同一〇行目の「同三ないし九号証」の次に「(ただし、乙第一号証、同二号証の一、二は、いずれも写しを加える。)。

控訴人らの補足した主張

(一)  被控訴人らは、訴外山寺忠雄を代理人として、同訴外人の控訴人若松種夫に対する債務の担保のため被控訴人清水輝雄の所有又は被控訴人ら共有の本件物件につき控訴人若松との間において売買予約を締結し、これにもとづく所有権移転請求権仮登記をすべきことを承諾し、また、本件物件中(一)ないし(七)の建物について控訴人若松に対する所有権移転、控訴人中村に対する中間省略による所有権移転登記をすべきことを承諾していたのであつて、その経緯は、次のとおりである。

1  訴外山寺は、いわゆる建売業等を営む建設業者であつたところ、昭和四五年四月ころ被控訴人清水輝雄(以下、被控訴人輝雄という。)から本件物件のうち、(一)ないし(六)の建物の建築を依頼され、同被控訴人において、建築資金が不足のため、山寺が適宜他から資金を借り入れ、調達して建築を完成してもらいたい旨を申し入れたので、同訴外人は、これにもとづき建築資金の不足分を他からの借入れにより調達して右建物の建築を同年八月末ころ完成した。

2  ところが、右山寺は、昭和四六年三月ころからその営業が順調にゆかず、営業資金の調達に苦しむこととなつたところ、たまたま、旧知の訴外玉木武史を通じて訴外後藤喬、同村岡長蔵(測量士)を知り、更に後藤らの紹介により控訴人若松を知り、同控訴人から右営業資金の融通を受けることとなつた。

そうして、控訴人若松は、同年四月二四日山寺に対し金四〇〇万円を貸し付ける旨を承諾したが、同控訴人においてその債務の担保の提供を求めたところ、山寺は、本件物件のうち右(一)ないし(六)の建物の建築に際し、被控訴人輝雄の申出により、同人のため他から金員を借り入れてまで建築資金を調達し、かつその建築代金も一部未払いがある等の事情があつたため、被控訴人輝雄に対し、山寺の控訴人若松からの右資金借入れにつき担保として提供するため右建物六棟を借り受けたい旨を懇請した。

3  そこで、被控訴人輝雄は、同人と山寺との間の右建物建築に際しての右のような事情にかんがみ、同月二五日ころ抵当権設定、条件付売買等担保の形式のいかんを問わず、控訴人若松に対し右建物六棟を右訴外人の借入金債務の担保として提供し、かつこれにつき担保権設定のための登記をすることを承諾し、同被控訴人名義の山寺あて、委任事項を空白とした白紙委任状と同控訴人の印鑑証明書及び右建物六棟の権利証を右訴外人に交付した。

4  かようなわけで、山寺は、被控訴人輝雄から、控訴人若松からの金員借入れにつき担保の形式のいかんを問わず、右建物六棟を担保として差し入れ、かつその担保設定の登記をする旨の代理権を付与されたので、同月二五日ころ山寺は、右代理権にもとづき、被控訴人輝雄から交付を受けた右白紙委任状、印鑑証明書及び右建物六棟の権利証を控訴人若松に交付して、これと引きかえに、さきに同控訴人から融資の承諾を得ていた前記金四〇〇万円のうち金三六万五、〇〇〇円の交付を受け、ついで翌二六日同控訴人から金一六三万五、〇〇〇円を受領し、その際同控訴人からの右借入金四〇〇万円の担保のため、被控訴人輝雄の代理人として右建物六棟につき売買予約を締結し、かつ千葉地方法務局同日受付第二五二一四号をもつて右売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由し、ついで同年五月一日右融資金員の残金二〇〇万円を受領した。

5  ところで、山寺は、その後更に控訴人若松に対し資金の借り増しを懇請したところから新たな担保を提供する必要が生じたのであるが、その際、また同人において、被控訴人らから、右建物六棟と同様に、本件物件のうち(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地(これらはいずれも被控訴人らの共有)を控訴人若松からの山寺の借入金の担保として提供することの承諾と、これにともなう登記その他の手続一切につき代理権の付与を得、新たに被控訴人らから、そのための白紙委任状、印鑑証明書、権利証等の交付を受けた。そうして、山寺は、これにもとづいて被控訴人らの代理人として同年四月三〇日控訴人若松との間で、本件物件のうち(七)の建物、(八)ないし(二)の土地につき売買予約を結び、同年五月六日千葉地方法務局受付第二六九一五号をもつて右各物件につき所有権移転請求権仮登記を経由し、これと引き換えに同控訴人から新たな借入金として金四〇〇万円を受領した。

6  前記4掲記の山寺の借入金四〇〇万円および前記建物六棟につき前記仮登記を申請した際に要した登記費用、その他の諸経費金一二万一、六〇〇円(これらの諸経費は、控訴人若松が立て替え支払つたものであつて、山寺はその弁済を承諾していた。)の合計金四一三万一、六〇〇円の返済期限は、同年四月末日か、遅くとも五月はじめの約定であつたが、山寺が前記5掲記のように控訴人若松に対し金員の借り増しを懇請した際、同控訴人からさきの債務の返済を求めたところ、山寺は、若し右返済期限に返済ができなかつたときは、その弁済に代えて前記(一)ないし(六)の建物六棟及び(七)の建物の所有権を同控訴人に移転する旨申し入れた。被控訴人両名は、右代物弁済につきこれを承諾しており、山寺に対しその旨及びこれにともなう所有権移転登記その他必要な手続をなすべき代理権を付与した。そうして、山寺は、さきの借入金債務を右期限までに返済することができなかつたので、控訴人若松は、被控訴人両名の代理人としての山寺との合意により右債務の弁済に代えて右建物七棟の所有権の移転を受けた。

7  控訴人若松は、同年五月一〇日これらを控訴人中村吉祐に売り渡し、中間を省略して被控訴人輝雄若しくは被控訴人両名から控訴人中村に対し、同月一一日その所有権移転登記((一)ないし(六)の建物について千葉地方法務局同日受付第二八〇四九号、(七)の建物について同法務局同日受付第二八〇四九号をもつて)を経由した。右所有権移転登記の申請は、被控訴人らが、右登記申請のため新たに山寺に交付した被控訴人らの委任状、印鑑証明書等を使用してなされた。

(二)  仮りに、被控訴人らが、本件(一)ないし(七)の建物の所有権を控訴人に移転する旨を承諾したことがなく、山寺にその旨の代理権がなかつたとしても、少くとも、被控訴人輝雄は、(一)ないし(六)の同人所有の建物につき、同人及び被控訴人幸子らはその共有の(七)の建物につき、山寺が他から融資を受けるためこれらの建物を担保として提供することを承諾し、その代理権を山寺に付与したのである。従つて、山寺が被控訴人らの代理人として右各建物の所有権を控訴人若松に移転した行為は、山寺の権限ゆ越の代理行為にあたるところ、被控訴人らは、右担保の設定を承諾した際、同人らの白紙委任状、印鑑証明書及び右各建物の権利証を山寺に交付しており、山寺はこれらの書類を控訴人若松に示して、自己に右所有権譲渡の代理権限がある旨を申し述べ、控訴人若松はこれを信じて山寺の債務の弁済に代えてその所有権を取得したのである。かようなわけであるから、同控訴人が右建物の所有権を取得するに際し、山寺に右代物弁済の代理権がある旨を信ずるにつきなんら過失がなく、民法第一一〇条により同控訴人の右所有権の取得の効果は妨げられない。

(三)  仮りに、右(二)記述の主張が容れられないとしても、被控訴人らは、昭和四六年五月なかごろ本件物件についてなされた所有権移転請求権仮登記及び所有権移転登記が効力のある旨を承認し、これに関する山寺の行為のいつさいを追認した。

被控訴人らの認否及び主張

(一) 控訴人らの主張事実中、本件物件につき控訴人若松のため控訴人ら主張のとおりの仮登記が経由され、本件(一)ないし(七)の建物につき控訴人中村に対し控訴人ら主張のとおりの所有権移転登記が経由されたこと、山寺が控訴人主張のような建築業を営んでいたこと、は認めるが、その余の点は否認する。

(二) 被控訴人らは、その所有または共有の本件物件を山寺の第三者に対する債務の担保として差し入れることを承諾したことがない。被控訴人輝雄は、本件(一)ないし(六)の建物につき同被控訴人の単独所有の登記名義を被控訴人幸子(被控訴人輝雄の長女)との共有名義に改める旨を山寺に依頼し、その登記申請に使用するものとして自己の登録印鑑を山寺に交付したことがあつたが、同人は依頼の趣旨に反して右印鑑を濫用し、控訴人ら主張の被控訴人ら名義の白紙委任状を作成したものである。

理由

一  本件物件のうち、(一)ないし(六)の建物が被控訴人輝雄の所有、(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地が被控訴人輝雄と被控訴人幸子との共有のものであること、右(一)ないし(六)の建物につき千葉地方法務局昭和四六年四月二六日受付第二五二一四号をもつて控訴人若松のため同日売買予約による所有権移転請求権仮登記、(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地につき同年五月六日同法務局受付第二六九一号をもつて同控訴人のため同年四月三〇日売買予約による所有権移転請求権仮登記、(一)ないし(六)の建物につき同年五月一一日同法務局受付第二八〇四八号をもつて控訴人中村に対し同月一〇日売買による所有権移転登記、(七)の建物につき同月一一日同法務局受付第二八〇四九号をもつて同控訴人に対し同月一〇日売買による共有者全員持分全部移転登記がそれぞれ経由されたことは、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第一ないし第六号証、乙第一号証(被控訴人輝雄名義の白紙委任状)の存在(その原本の存在は、争いがなく、成立の点は、後述する。)、原本の存在並びに成立に争いのない乙第二号証の一、二、成立に争いのない同第四号証、当審証人山寺忠雄の証言により真正に成立したものと認める同第五号証、第七ないし第九号証、原審における控訴人若松種夫本人尋問の結果により真正に成立したものと認める同第六号証に当審証人山寺忠雄の証言、原審における控訴人若松種夫、被控訴人清水輝雄各本人尋問の結果をあわせれば、次の事実を認定することができる。原審における控訴人若松の供述のうちこの認定とてい触する部分は、後記のとおり信用することができず、その他にこの認定を妨げるに足りる証拠はない。

1  本件物件のうち(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地は、もと訴外清水芳江(被控訴人輝雄の妻、被控訴人幸子の母)所有のものであつたが、同人は昭和四四年九月二日死亡し、被控訴人両名が芳江の遺産相続により同日右掲記の建物及び土地の所有権を取得した。被控訴人輝雄は、同人及び被控訴人幸子が右相続により取得したその他の遺産をもつて右掲記の(八)の宅地上に賃貸住宅の建築を企図し、その建築を訴外山寺忠雄に依頼し、同人が昭和四五年七月末ころまでに右依頼を受けた建物として本件(一)ないし(六)の建物を完成し、これを、同被控訴人に引き渡し、その代金は同年一〇月ころまでにすべて支払われた。

2  ところで、山寺は、昭和四六年に至り営業資金の調達に困窮し、これを旧知の玉木武史に相談したところ同人を通じて後藤喬、村岡長蔵らを知り、後藤、村岡らの助言により控訴人若松から融資をはかることとした。そうして、後藤、村岡らは、同年四月二〇日ころ同控訴人かたに赴き、「山寺は建設業を営み、被控訴人輝雄はこれに協力しているが、事業資金が必要であるので、返済期限を三〇日ないし四五日後、利息は銀行利息並みとして一時的に資金を融通してもらいたい。担保として被控訴人輝雄所有の建物六棟(本件(一)ないし(六)の建物)を差し入れるが、この担保の差し入れについては、同人の承諾がある。」旨を申し述べ、被控訴人輝雄の印鑑証明書、その登録印鑑により顕出された印影のある同被控訴人名義の白紙委任状(乙第一号証)、同人及び山寺の各印鑑証明書(同第二号証の一、二)、右建物六棟の権利証を示したので、控訴人若松は、現地につき右建物を見分したうえ右申入れを承諾した。

3  そこで、控訴人若松は、右のような融資の条件のもとに同年四月二四日後藤を通じて山寺に金二〇〇万円を貸し渡し、その担保の趣旨で同月二六日前記のように右建物六棟につき控訴人若松に対し同日付売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由した。ついで、控訴人若松は、後藤を通じての山寺の申入れにより同年五月一日金二〇〇万円を貸し渡したところ、その後更に金四〇〇万円の融資の申入れがあつたので、追加担保として右建物六棟の敷地(本件(八)の土地)、本件(七)の建物及び(九)ないし(二)の土地を担保として差し入れることとし、その趣旨のもとに、右(七)ないし(二)の物件につき前記のように控訴人若松に対し同年五月六日、同年四月三〇日付売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由し、同日金四〇〇万円を後藤を通じて山寺に貸し渡した。

4  ところが、山寺は、その直後手形の不渡を出すに至つたので、控訴人若松は、右債権を確保するため急処本件物件の所有名義を自己若しくは第三者に移転することとし、同年五月一一日本件物件のうち、(一)ないし(七)の建物につき控訴人中村の名義で所有権移転登記を経由した。

以上の事実を認定することができる。

原審における控訴人若松本人の供述によれば、同人は、右掲記の貸金は、被控訴人輝雄に対し、若しくは被控訴人輝雄と山寺の両名に貸し付けたもののように供述するのであるが、前掲乙第五号証、第七ないし第九号証(いずれも領収書)によれば、右領収書は、いずれも山寺が借主として前記後藤にあて(後藤が前記貸金を仲介した。)発行したものであり、原審における控訴人若松本人尋問の結果によれば、同控訴人は後藤を通じて前記貸金の領収書として右乙号各証の領収書を受領したことが明らかである。また前掲乙第四号証(債務弁済公正証書)に右控訴人本人尋問の結果をあわせれば、同公正証書は、前記消費貸借に関し作成された公正証書であることが認められるところ、同証書には、債務者として山寺の表示があるだけで、被控訴人輝雄の記載がない。これらの事実に当審証人山寺忠雄の証言を参酌すれば、控訴人芳松の上掲供述は、にわかに信用することができない。

三  前記認定事実に原審における控訴人若松本人尋問の結果および本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、山寺は、控訴人若松に対する借入金債務につき被控訴人輝雄から本件(一)ないし(六)の建物を担保として差し入れる旨の承諾並びにその担保設定の委任を受けたものとし、その趣旨のもとに昭和四六年四月二六日山寺が被控訴人輝雄の代理人として右各物件につき控訴人若松との間において売買予約を締結し、同日これを原因として、前記仮登記を経由したこと、ついで山寺が前記のように控訴人若松に対し金員の借り増しを求め、同控訴人からその承諾を得たので、右と同様に被控訴人輝雄から右借入金債務の担保として本件(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地を差し入れる旨の承諾並びにその担保設定の委任を受けたものとし、その趣旨のもとに同年五月六日山寺が被控訴人輝雄の代理人として右各物件につき控訴人若松との間において売買予約を締結し、同日これを原因として前記仮登記を経由したものと認めることができる。(前記所有権移転登記につき山寺が承諾していたかどうかは、暫くおく。)。

そこで、山寺が右各売買予約の締結にあたり、右のような代理権、若しくはその他にどのような代理権を与えられていたかにつき考える。

前記(二・1掲記)のように、本件(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地は、被控訴人輝雄、同幸子の両名が、昭和四四年九月二日清水芳江の死亡にともなう遺産相続によりその所有権を取得したものであり、本件(一)ないし(六)の建物は、被控訴人らが相続したその他の遺産をもつて、山寺に依頼して(八)の土地上に賃貸住宅として建築したものであつたところ右事実に、成立に争いのない甲第一ないし第六号証、第一三号証、第一四号証の一、二、第一五、一六号証、前掲乙第二号証の一、二、当審証人山寺忠雄の証言(ただし、一部)及び原審における被控訴人輝雄本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。本件(一)ないし(六)の建物の建築完成後、同各建物につき昭和四五年八月二七日被控訴人輝雄の単独所有名義でその所有権保存登記が経由されたところ、同人はこれを被控訴人幸子との共有名義に変更登記することを考え、その旨を山寺に依頼し、山寺もこれを承諾したこと、そうして、昭和四六年四月初め山寺がその登記申請手続をとるためのものとして被控訴人輝雄が同人の登録印鑑と本件(一)ないし(六)の建物の権利証(綴りあわせて一冊のものとしてあつた。)を山寺に交付し、これらを預託した。しかし、山寺は、右委任を受けながら、右登記申請手続をとらず、かえつて、被控訴人輝雄から預託されていた右登録印鑑を同人に無断で使用して山寺に対する白紙委任状を偽造し、かつ右印鑑についての印鑑証明書を入手し、これらと右建物の権利証を使用して控訴人若松に対する前記仮登記申請をしてその仮登記を経由し、ついで同年五月初めころ被控訴人輝雄に対し、「本件(八)ないし(二)の土地の地目を宅地に変更する。」(本件(一〇)、(二)の土地の地目は畑であり、本件(八)、(九)の土地の地目も昭和四六年五月一五日宅地に変更される以前は畑であつた。)旨申し述べて、その趣旨のもとに本件(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地の権利証(これらも綴り合わせて一冊のものとされていた。)を被控訴人輝雄から交付を受け、これと、さきに預託されていた同人の登録印鑑を使用して前記と同様に同人の白紙委任状を偽造し、かつ印鑑証明書を入手して、これらを使用して、本件(七)ないし(二)の各物件につき前記仮登記を経由した。

以上の事実が認定できる。当審証人山寺の証言のうち、右認定とてい触する部分は、上掲各証拠に照らして信用することができず、その他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

右認定事実にもとづけば、山寺は、被控訴人輝雄から単に本件(一)ないし(六)の建物につき前記のような変更登記申請をなすべき旨を委任され、その旨の代理権を付与されていただけであり、本件(八)ないし(二)の土地については地目の変更登記申請をなすべき旨を委任され、その旨の代理権を与えられただけであつて、右各物件につきその他になんら委任されたことがなく、本件(七)の建物については、なんらの委任もなく、なんらの代理権も与えられていなかつたことが明らかである。

従つて、山寺の控訴人若松に対する借入金債務につき被控訴人輝雄が本件物件を担保として差し入れる旨を承諾し、その担保設定のための代理権を山寺に付与し、また更に進んで右債務の弁済に代えて右物件の所有権を控訴人若松に移転することを承諾し、その所有権移転のための代理権を山寺に付与したことがなく、この点に関する控訴人の主張は理由のないことが明らかである。

四  被控訴人輝雄が山寺に委任し、かつ代理権を与えたのは、本件(一)ないし(六)の建物、(八)ないし(二)の土地につき前記のような登記申請をする趣旨のものであり、本件(七)の建物についてはかような委任さえもなされていないのである。従つて、山寺の前記認定の売買予約の締結は、山寺の無権代理行為であり、また控訴人ら主張の控訴人若松に対する本件物件の代物弁済が仮りに山寺の承諾のもとになされたとしても、それは同人の無権代理によるものと認めざるをえない。

控訴人らは、山寺の右行為につき民法一一〇条の適用がある旨主張する。そこで考えてみるに登記申請手続は、私人のなす公法上の行為であるところ、本来取引の安全を目的とする表見代理の制度の本旨に照らして、民法第一一〇条の表見代理が成立するために必要とされる基本代理権は、私法上の行為についての代理権であることを要するものと解するのが相当である。もつとも、登記申請についての代理権の授与が同時に相手方に対する登記協力義務の履行(私法上の行為にほかならない。)についての授権を含むと認められる場合(たとえば相手方との間に売買契約が成立したことを前提として、所有権移転登記申請についての代理権が与えられた場合)には、この権限をもつて、基本代理権と認める余地がある(最高裁昭和四五年(オ)第三〇五号、同四六年六月三日判例参照)が、前認定の事実関係によれば、山寺らは、もつぱら、公法行為としての変更登記(共有名義を単独所有名義に変更すること、ないしは地目を変更すること)の申請につき代理権を与えられていたに過ぎないことが明らかであるから、本件においては、民法第一一〇条の表見代理が成立するために必要とされる基本代理権は、存在しないものと認めざるをえない。控訴人らの民法第一一〇条にもとづく主張は理由がない。

五  次に、控訴人らは、被控訴人らにおいて本件物件についてなされた前記仮登記及び控訴人中村に対する所有権移転登記を追認した旨主張するが、本件全証拠を検討しても控訴人らの右主張を認めるに足りる証拠はないから、これを採用することができない。

六  以上説示のとおり、控訴人若松のための前記仮登記は無効のものであり、かつ同控訴人は、本件物件の所有権を取得したものでないことが明らかであるから、その余の争点につき判断するまでもなく、同控訴人は、被控訴人輝雄に対し本件(一)ないし(六)の建物につきなされた前記仮登記、被控訴人輝雄同幸子らに対し本件(七)の建物及び(八)ないし(二)の土地につきなされた前記仮登記、接訴人中村は、被控訴人輝雄に対し右(一)ないし(六)及び(七)の建物についてなされた前記所有権移転登記の各抹消登記手続をなすべき義務がある。

そうすると、被控訴人らの本訴請求は、すべて理由があるから、これを認容すべきであり、これと同旨の原判決は、相当であつて、本件控訴は、いずれも理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条に従い本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 川上泉 間中彦次)

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